CHAPTER vol.50【MAKE】

鈴木 亜聖 (25)

ARS COFFEE ROASTERS ロースター

自分が好きなコーヒーは、どれも同じ焙煎機を使っていることに気が付いた。全国の焙煎所に電話で問い合わせをしたり、足を運んだりしながら探っていくと、どうやら“鉄が違う”ということがわかってきた。

CHAPTER

今を生きる若者たちの
生き方と明るい未来の話を

CHAPTERは、EAT、LISTEN、EXPRESS、THINK、MAKEをフィールドに、 意思を持ち活動する20代の若者たちに焦点を当て、一人ひとりのストーリーを深く丁寧に掘り下げることで、 多様な価値観や生き方の発信を目的とするメディアです。

●出身地はどちらですか? どんなことが印象に残っていますか?
埼玉県の川口市です。荒川の川沿いには緑があって、家からは土手も近く、そして工場の多い場所。街の匂いを覚えています。通学路を歩くときの、鉄を削った匂いとか。

●家族構成を教えてください。
母と父と、4つ下の弟と暮らしていました。母はすごく優しいお母さんで、僕が小さい頃は専業主婦をしていましたが、中学くらいからは介護施設で働くように。父親はすごく真面目なひと。でも、いつも僕らを楽しませてくれていました。

●鈴木さんはどんな子どもでしたか?
両親に、「なんで?」って聞くことの多い子どもだったらしいです。それはいまにも続いていて、たとえばコーヒーについて、「どうしておいしいんだろう?」「なんでこんな風になっているんだろう?」など、いつも問いを立てます。

●当時は、とくに何に対して問いを立てることが多かったですか?
サッカーのことをずっと考えていました。小中時代は地元のクラブチームで、浦和の高校時代は部活でサッカーをしていました。トータルで14年間。


一般的に対極に掲げられる物事って、じつは対立していないことも多いんじゃないかと思う。コーヒーもそう。みんなどこかで繋がって、ひとつのことになっている。グラデーションなのかなって。


●サッカーのどんなところに、楽しさややりがいを感じていましたか?
負けず嫌いな性格だったので、小学校のクラブチームでも、「一番になってやる」という思いで取り組んでいました。でも日頃は、一緒にやっている仲間とひとつの目標に向かって切磋琢磨する。そういうところが楽しかったと思います。

●チームで取り組む楽しさも感じていたと。
小学5年生の夏休みにイギリスのアーセナルにサッカー留学しました。そのとき、体型的にも技術的にもまったく歯が立たなくて、そこで、よりチームの大事さを教わった気がします。また、互いをリスペクトする気持ちの大切さも教えてもらいました。

●一番になりたいという負けん気と、相手をリスペクトする気持ちと。一見すると相反するようなことを、そのときから両立していた?
そのときにできていたかはわかりません。ただ、最近よく考えるんですけど、一般的に対極に掲げられる物事って、じつは対立していないことも多いんじゃないかと思うんです。コーヒーもそう。みんなどこかで繋がって、ひとつのことになっている。グラデーションなのかなって。過去を振り返ってもそう感じることが多いですね。


自分がもっとちゃんとやっていれば、周りの見方も変わっただろうし、できることはあったんじゃないかって。


●そうしてクラブチームに所属したりサッカー留学に行ったりしながら、着々と実力をつけていった?
中学のときは埼玉の1部リーグでやっていて、高校はスポーツ推薦で入学しました。高校も実力のある学校で、僕はそこで初めて挫折みたいなものを味わうことになります。サッカーをやっている子だけで集められた30人の特別クラスが、3年間続くんです。普段の授業も同じチームで受けて、そのなかでずっと競わされる。そこでは、自分の実力が及ばず、周りともうまく行きませんでした。練習はちゃんとやるタイプだったんですけど、温度感が合わなかったというか。

●温度感というと?
自分はわりと真面目なタイプだったんです。でも、周りはそういうタイプばかりではなくて、そこがもどかしかった。でも、僕より実力のある子ばかりで、そうなると意見はそっちの方が通りやすかったりするんですよね。それで、だんだん孤立していくようになりました。ただ、本当にそうだったのかな?って卒業したあとで考えたんです。自分がもっとちゃんとやっていれば、周りの見方も変わっただろうし、できることはあったんじゃないかって。

●そこで挫折を味わい、内省的な視点を持ったことが、その後の行動にも影響をおよぼしましたか?
クラスのみんなは、ほとんどがサッカーで進学することになっていたのですが、僕は、このままサッカーを続けても難しいと思って、そこから少しづつベクトルが変わっていきました。その頃から本を読むようになって。たまたま読んだマーケティングの本が面白くて、大学へ進学してマーケティングを学ぶことに決めたんです。それまでより少しだけ外に目を向けてみると、当たり前だと思い込んでいたことが、じつはそうでもないことに気づいたりもして。

●それまで全霊をかけて取り組んでいたサッカーの世界に、未練のようなものはありませんでしたか?
高校時代やサッカーについては、自分のなかで救いになったこともあって。それは1個上の先輩で、一般クラスからサッカークラスに途中で入ったひとの存在。その先輩は、卒業後にプロになり、浦和レッズの一員としてクラブW杯に出場するほどに。その活躍が、自分が本当に100%でやっていればもっと上に行けたかもしれない、ということを教えてくれたんです。そのひとがいなければ、たぶんもっと環境のせいにしていたと思います。いま、僕のフィールドはコーヒーですが、テレビでその先輩の活躍を見ると、「自分も頑張らないと」って思います。


自分が好きなコーヒーは、どれも同じ焙煎機を使っていることに気が付いた。全国の焙煎所に電話で問い合わせをしたり、足を運んだりしながら探っていくと、どうやら“鉄”が違うということがわかってきた。


●コーヒーの道に進んだきっかけについて教えてください。
大学でマーケティング学科に入って、最初にマーケティングを実践した企業を調べるなかでNestleに行き当たりました。「マーケティングはコーヒー一杯から」というような言葉が印象的で、それでコーヒーに興味を持ち、スターバックスでアルバイトをはじめたんです。コーヒー豆を近所のコーヒーショップで買うようになってからはもっとのめり込んで、スペシャルティコーヒーを扱う別のお店で働くように。

●どんなお店でしたか?
月替わりで全国のいろんなロースターの豆を扱うお店でした。それでいろんな焙煎所のコーヒーを飲むようになったのですが、自分が好きなコーヒーは、どれも同じ焙煎機を使っていることに気が付いたんです。で、「その焙煎機、すごいかも」と思って、焙煎機を調べはじめた。全国の焙煎所に電話で問い合わせをしたり、足を運んだりしながら探っていくと、どうやら“鉄が違う”ということがわかってきた。焙煎機には、鉄でできた鋳物が使われているんです。

●鉄が、コーヒーの風味に影響を及ぼす?
そう仮定しながらに調べていくと、焙煎機に使われる鉄は昔とはほとんど変わってしまっていて、源流はドイツの製鉄所にありました。そこは第二次世界大戦のときに戦車や戦闘に戦闘機などの兵器をつくっていた場所なのですが、唯一爆撃されなかった製鉄所として、いまは平和の象徴みたいになっていて。それでピンときたのが、零戦の栄エンジンをつくっていた地元の川口市にも、もしかしたら焙煎機をつくる工場があるんじゃないかということ。調べてみるとその通りで、それで、その工場を訪ねるようになったんです。

●探究心の強さもさることながら、すごい展開ですね。
当時その工場で焙煎機をつくっている職人さんたちは、深煎りのコーヒーしか飲まなかったのですが、その焙煎機でいま多くのお店が焼いている浅煎りコーヒーを飲んでもらったんです。「おいしいね」ってすごく喜んでくれて。そんな風にしながら、職人さんたちとも仲良くなっていきました。


キューポラによってムラなく鉄の鋳物を製造できることを証明しようと考えた。それが証明できれば、斜陽産業に光を当てられる。自分みたいにおいしさをたどって、いつかそこに行き着くひとたちに伝えられる。


●鉄とコーヒーのおいしさの関係についても、ヒントが得られたのでしょうか?
いろんな要素があるんですけど、まず、焙煎機は蓄熱性が大事だってよく言われます。熱した焙煎機に生豆を移した瞬間、熱が加わって、最初に豆の中心に熱が入ります。コーヒーの味の立体感は、そうして豆の中心にまず熱が入ることによって生まれてくる。

●蓄熱性に優れている焙煎機の条件は?
焼きムラのない豆をつくるには、そもそもの鉄にムラがあってはいけないと考えました。大学のゼミで研究していたのはまさにそのあたりで、鉄って、組織のなかにムラがあるんです。そこでムラの少ない鉄を生成する方法を探求していくと、いま主流の電気ではなく、「キューポラ」という炉で鉄を溶かす方法があることがわかりました。しかも、ドイツにはすでに無くなっている当時のその炉が、川口に現存していたんです。そうして、キューポラによってムラなく鉄の鋳物を製造できることを証明しようと考えました。それが証明できれば、斜陽産業に光を当てられる。自分みたいにおいしさをたどって、いつかそこに行き着くひとたちに伝えられる。ただ、それが検証できる国の研究所はすでに無くなってしまっていて、いまは仮説止まりですが……。

●仮説として、キューポラでつくった鋳物でコーヒーを焼くと、なにが違うと考えていますか?
電気よりも、燃料で溶かしたほうが鋳型の奥まで鉄がまわりやすいはずです。途中で冷え固まったりしないぶん、ムラなく仕上がる。また、必要な硫黄を電気炉はあとから添加するのですが、キューポラは自然と硫黄が生成されるんです。添加によるムラを防げるのではないかと考えています。

●いまはその仮説をもとに、コーヒーの活動をおこなっている?
そうですね。それを実証する一環として、まずは自分が結果を出そうと、焙煎の大会などに出たりしています。また、あるとき川口の工場に下取りの焙煎機が入ってきたのですが、それを使って、ドイツのプロバット焙煎機の構造をベースにした焙煎機を職人さんにつくってもらいました。いまは僕のおばあちゃんちの1階の押入れ部分を改装して、焙煎所代わりにしています。

●焙煎機までつくってしまうとは……。その焙煎機を使って、いまどんなコーヒー豆を焼いていますか?
大学2年のときからはじめて、いま5年目なのですが、プロバット特有の2重になったシリンダーを再現して、中心にしっかり熱が入ることを活かした味づくりをしています。言葉にするなら、「甘美」な味わい。それは、クリーンカップやスイートネスといった風味に特化した、自分の好きなコーヒーのイメージでもあります。ちなみに川口市の市花はテッポウユリで、花言葉が「甘美」だったんです!まさにこれだと思いました。

●自分で焙煎したコーヒーは、だれかに飲んでもらうことの喜びもひとしおでしょうね。
自分で焼いた豆やそれで淹れたコーヒーをだれかに渡せたときは、サッカーのチームで勝ったときのような感覚があります。なにかをそこで共有できたような感じ。大学休学中、「ひとは何のために生きているんだろう?」と考えていた時期があって、あるお坊さんの考えを借りながら、「幸せになるため」だって思い至ったんです。で、幸せって、ほぼイコールに近いニアリーイコールで「おいしい」と感じることだと思っていて。「うまい」の語源は「甘い」だと一説に言われているように、甘美なコーヒーが伝わっていけば、世の中めちゃくちゃ幸せになるんじゃないかって。


兵器のためにつくられていた鉄が、いまは焙煎機になりかわって、みんなの1日1日を幸せにしている。そこに、凄みを感じる。


●最後に、これから目指していることについても教えてください。
地元の川口市は、『キューポラのある街』という映画の舞台になるくらい、キューポラを土台に産業発展してきた地域です。でも、いまはカーボンニュートラルの規制などでキューポラの存続さえ危うい状況。僕はそれを残していきたいと考えています。そもそもどうして川口で鉄が発展したかというと、鋳型に使われる土が川のふもとで採れて、成型した鉄を川を使って江戸まで運ぶことができたから。江戸時代初期からそうして発展して、コンビニやスーパーができ、僕らが便利な生活を享受できるようになった。そうしたことを知らずして、工場などの問題を取り沙汰する動きに、僕は疑問を感じています。たとえばキューポラでできた焙煎機で焼いたコーヒーを、もっとこの街のひとが飲むようになれば、その歴史を伝えることができるし、理解が深まると思う。

●焙煎とコーヒーを介して、川口という街の培ってきた歴史や魅力を再確認する。
フランスやオランダで革命が起きる前の17世紀初頭、身分に関係なく情報交換する場として「コーヒーハウス」というものがあったそうです。いい国、いい社会、いい未来、いい街をつくるための話し合いが、そこでおこなわれていた。現代は情報こそ多いですが、ネットには本当かわからない情報も氾濫して、直接話せばわかり合えるはずのことも、わかりづらくなっています。僕は、川口をロースターの街に、そして、「コーヒーハウス」に代わるような街にしたいんです。

●自分の生まれ育ったローカルに深く立ち返りながら、グローバルや未来といったものを見据えている?
ただ、社会でよく言われるような「ローカルとグローバルの対立」みたいなことには、僕は懐疑的です。それは二項対立ではないと思う。じゃあどういう構造がいいんだろう?とて考えたとき、僕は、1本の木が地面から生えてきて、その枝葉が地球を覆っているイメージを持っていて。根っこはローカルでも、世界にアクセスしていないとどこに枝葉を伸ばせばいいのかわからないですよね。両方を見るのが大事。それは、この夏まで働いていたCommonで実感したことでもあります。代表の岳くん(佐藤岳歩)がバックパッカーをやっていた経験や、マネージャーの奎太くん(佐々木奎太)がコスタリカの農園を訪れたときの話を聞いたりして、そうした場所を見たうえで行動するのと、ローカルしか知らないのとは、まったく違うと考えるようになりました。

●鈴木さんの鋳鉄製の焙煎機をとってみても、もとはドイツで製造されていたその歴史や背景を知りながら、それをもとに川口の工場でつくり、いまそこにあるわけですよね。
本当にそう思います。もっと言うと、兵器のためにつくられていた鉄が、いまは焙煎機になりかわって、みんなの1日1日を幸せにしている。そこに、凄みを感じます。やっぱり、対立構造じゃない。焙煎機もそれを象徴しています。そんなふうに、“1本の木”のイメージを多くのひとと共有できたとき、ローカルとグローバルといった対立も、少しずつ解消されるんじゃないかと思うんです。


Profile:鈴木 亜聖 Asato Suzuki

ARS COFFEE ROASTERS 代表・Roaster 鈴木亜聖
2000年8月1日、埼玉県川口市生まれ、川口市育ち。川口出身のロースター。
高校の部活を引退後、仕事としてコーヒーに触れ始める。
2019年 アジア最大のコーヒーイベントでの1杯から新しい世界への門を開く。
2020年 自身の実体験からProbat-UG15に関心を寄せ、パンデミック中のオンライン授業を機に鋳鉄の工場、加工工場、試験場、焙煎機工場に通う日々が始まる。
2020年 大学2回生の冬にARS COFFEEをKickoffする。
2021年 川口市に存在した(旧:野口三立鋳工)のキューポラ製の鋳鉄を使い、組み立てから携わりコンバージョンした独自の焙煎機が川口市で完成。
2022年 工場で初焙煎の後、焙煎機を現在の現ロースタリーに移動の後、ロースタリー完成。初大会出場を経験。 2023年 川口、日本橋での出店をスタートさせる。
2024年 オンラインショップ設立 終わりなき美味しさイノベーションを哲学に川口市の市花テッポウユリの花言葉でもある「甘美」なコーヒーの追究をしている。

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Text : Masahiro Kosaka(CORNELL)
Interview : mitsuharu yamamura(BOOKLUCK)
Photo : Masahiro Kosaka(CORNELL)


2026.1.14