CHAPTER vol.30【EAT】

藤城はづき (27)

バリスタ、COFFEE TiPS ファウンダー

それまでは、自分がコーヒーをサーブすることでだれかを笑顔にすることばかりを意識していた。でも淹れているその瞬間は、自分自身がすごく楽しんでいることに気がついた。渡せば相手のものになるコーヒーも、淹れているときはまだ私のもので、それをシェアできることが、すごくよかった。

CHAPTER

今を生きる若者たちの
生き方と明るい未来の話を

CHAPTERは、EAT、LISTEN、EXPRESS、THINK、MAKEをフィールドに、 意思を持ち活動する20代の若者たちに焦点を当て、一人ひとりのストーリーを深く丁寧に掘り下げることで、 多様な価値観や生き方の発信を目的とするメディアです。

●出身地について教えてください。
東京・練馬の、もうちょっと奥の方。家の周辺に畑がたくさんあるような場所で、ふだん食材を買うのにも、スーパーに行くより、農家さんごとの直売所を親と一緒にまわったりしていました。

●ほかに、印象に残っていることはありますか?
よく海外旅行に連れて行ってもらいました。いちばん多かったのはバリで、これまでに5,6回行っています。現地のひとたちの陽気でウェルカムなムードなのが、学校でいつも気を張っていた私にとってすごく心地よかったんです。空港を降りた瞬間のあのちょっと生ぬるい空気も、すごく好きです。

●学校で気を張っていた、というのは?
小学生の頃から、周りとうまく馴染めない方でした。地元の学校に通ったのは小学校までで、そのあとは都内の中高一貫の女子校へ。でも、つるむとか、グループとか、ずっと同じ場所にいるが苦手だったというか。いじめを受けていたわけではないのですが、まわりを気にして優先してしまうのが、苦しくて。反面、というか、だからこそ、チャンスがあればやりたいことをぜんぶ掴んでいきたいとも思っていて。学級委員長とか体育祭の実行委員とか、いましかできないと思うことに積極的に手を挙げていました。

●どうしてそうしたことにチャレンジしたかったのでしょう?
自分の可能性を広げたかったんだと思います。中高6年間はクラス替えがほとんどなかったから、ほかのクラスや学年とつながる場所を求めてもいて。勉強はそんなに得意でもなかったし、なにかほかに、自分のアイデンティティを欲していたんだと思います。

●実際にそうした役割に就いてみて、気づいたことや楽しかったことはありますか?
総括すると、二番手が向いている、と気づきました。たとえば体育祭の実行委員をしたときも、過去の先輩たちの実績をアレンジして、まわりの意見と照らし合わせてまとめていくようなことが得意でした。敷かれたレールがあると、うまくできるというか。逆に学級委員長として先頭に立つと、あっちにもこっちにもいい顔しちゃって、疲れちゃう。八方美人なところが、昔からありました。


大学に入ったら、絶対にスターバックスで働くと決めていた。中高校時代の、唯一のオアシスだった大切な場所。通学路にあったスタバで受験勉強をしたし、嫌なことがあればそこで泣いたし、ご褒美のフラペチーノも飲んだ。だから、絶対に落ちたくなくて、まずはディズニーストアで1年間働くことにした。そこでホスピタリティの修行をしようと思って。


●そうしてさまざまな役割に身を投じて、狙い通り、自分の個性やアイデンティティをつかむことができましたか?
いえ、高校を卒業する頃になっても、まだわかりませんでした。むしろ、「この6年間でなにを身につけられただろう」とか、「もっと学校の外に出ればよかった」っと後悔してしまって。もう戻りたくないとまで思った。だから、卒業して3日後に制服も捨てました(笑) その後は、第一志望の大学へ進学しました。観光学部に入って、ひとの役に立つことを学ぼうと思って。そうすれば自分の肯定感も上げられるんじゃないかと思ったんです。小さい頃から旅行も好きでしたし。

●大学生活について聞かせてください。
最終的には、すごく不真面目な学生になってしまいました。最後までずっとフルで授業を取り続けて、やっと、卒業単位ピッタリで卒業したくらい。その代わりに打ち込んだのは、ダンスサークルとバイト。ダンスサークルでも、やっぱり副代表でした。昔から演技するのが得意だったので、こういうモードに合わせてこういうオーラを出す、みたいなことも自然とできて。「踊っているときがいちばんいい顔してる」って家族からも言われていましたし、いちばん自分らしくいられる時間でした。

●一方の、アルバイトは?
大学に入ったら、絶対にスターバックスで働くって決めていたんです。高校時代のオアシスだったから。通学路にあったスタバで受験勉強をしたし、嫌なことがあればそこで泣いたし、ご褒美のフラペチーノも飲んだ。こんな空間をつくる一員になりたいと強く思っていました。でも絶対に落ちたくなくて、接客を学んでから挑もうと、まずはディズニーストアで働くことにしたんです(笑) そこでホスピタリティの修行をしようと思って。

●そこではどんなことを学びましたか?
社会に出たら当たり前とされるような働き方を、しっかり教えてもらいました。一般的にはバイトに見せないような日報などの数字も、休みの日の分までしっかりチェックすることが当たり前でしたし、自分からお客さんに積極的に話しかけにいく度胸もついた。


スターバックスで働きはじめた頃は、コーヒーを通じて目の前のひとを笑顔にすることに喜びを感じていた。でも次第に、見えない不特定多数のひとも笑顔にしたいと考えるようにもなって、そのために、できることを増やしたかった。


●そして1年後にスターバックスへ? 念願の職場はどうでしたか?
チームワークの大切さをとてもよく学んだ気がします。ひとりがズレると、だれかに迷惑がかかって、それがお客さんにも影響する。チームワークの強さがお店やお客さんを明るくするって、痛感しました。厳しいこともありましたが、みんな優しくて、いいことは2倍褒めてくれる。そんな環境でした。面接のときには、「退店するお客さんが必ず振り返ってくれるような、そんなバリスタになりたい」って言ったんです。ずっとそれを目標に、「今日は何人振り返らせる」って決めて、クリアしていった。思うようにいかない自分に泣いてしまうこともありましたが、うまくできたときは、認められたと感じることもできた。

●大変なことがあっても、それを乗り越えようとする底力は、どちらの職場でも共通していたようですね。
自分に満足することは一生できないような気もします。完璧主義なところがあるのは、学級委員長をやっていた頃から変わらないかも。スターバックスで2年くらい働いたあと、もっとコーヒーのことを勉強したくなって、VERVE COFFEE ROASTERS(※1 以下、VERVE)との掛け持ちをはじめました。スタバで働きはじめた頃は、コーヒーを通じて目の前のひとを笑顔にすることに喜びを感じていたのですが、次第に見えない不特定多数のひとも笑顔にしたいって、そんな風に考えるようにもなって。それには、できることを増やさないといけないなって。

※1:サンタクルーズ発のリアルカリフォルニア ライフスタイルを象徴するコーヒーブランド。

●同じようにコーヒーを扱う職場でも、環境は違っていましたか?
まったく違いました。スターバックスには同じ志や気持ちを持ったバリスタが集まっていましたが、VERVEは、自分のスキルを極めたいひと、お客さんを幸せにしたいひと、営業について学びたいひと……そんな風に目標の矢印がいろんなところへ向いているひとたちの集まりでした。わからない専門用語もつねに飛び交って、エスプレッソマシーンを触れるようになるまでには1年半かかりました。「バリスタって、職人業なんだな」と痛感する場面も、悔しい思いをすることも多かったですね。


お客さんに、“VERVEといえば私”というイメージをつけたくて接客に取り組んだ。その結果、最終出勤日は自分のお客さんで満員。自分を介して知り合ったお客さん同士が店で楽しくおしゃべりする光景もあり、最高の、幸せな空間だった。


●VERVEで働いて、得たこともありますか?
当時はまだ浅煎りコーヒーが珍しかったので、コーヒーもフルーツからきていることを広く知ってもらったり、「オレたちはこういう味を目指す」っていうことを掲げて働いたり、バリスタの職人的な一面を勉強することができました。“VERVEといえば私”とお客さんに思ってもらえるように接客に取り組んできたおかげで、自分の努力が認められたと実感する瞬間もたくさんありました。最終出勤日は私のお客さんでずっと満員で、営業時間も延びてしまったくらい。私を介して知り合ったお客さん同士が店で楽しくおしゃべりしてくれる光景もたくさん見られて、最高の、幸せな空間でした。自分がきっかけになれたことが嬉しかったですね。自分でこんなことを言うと、過去の栄光にすがるみたいでイヤなんですけど。

●接客やコーヒーに打ち込んだことが実を結んだ、素晴らしい経験ですね。では、その後もますますコーヒーの道を進もうと思えた?
いえ、大学卒業とともにコーヒーは辞めると決めていました。コーヒーで食べていく自信がなかったんです。それに、まだ見えていない自分の可能性も広げてみたかった。とくに、これまで出会ったことがないひとを笑顔にしたいと思い、ウェディングの仕事に就くことにしたんです。

●それでもやはり、ホスピタリティを学びに?
そうですね、そこが自分で自分を認められるポイントだとわかったし、接客は続けたかったので。でも、大学卒業式直前にコロナがはじまって……。新卒で入った会社は海外ウェディングに注力していたので、会社もお客さんも難しい状況のなか、それでも前向きに挙式の準備を進めるたくさんの方々に元気をもらいました。でも、私はそれにお返しできているかなと悩むことも多くて、そんなときにいつも思い出すのが、VERVEを辞める日のあの景色でした。「もう一回あれをやりたい」という気持ちが抑えられず、VERVEとダブルワークをすることに決めたんです。


それまでは、自分がコーヒーをサーブすることでだれかを笑顔にすることばかりを意識していた。でも淹れているその瞬間は、自分自身がすごく楽しんでいることに気がついた。渡せば相手のものになるコーヒーも、淹れているときはまだ私のもので、それをシェアできることが、すごくよかった。


●コーヒーを淹れるという仕事が、いい体験として心にとどまっていたのですね。
学生の頃は、自分がコーヒーをサーブすることでだれかを笑顔にすることばかりを意識していたけれど、社会人になってから、淹れているその瞬間は、自分自身がすごく満足できる時間だったと気がつきました。渡せば相手のものになるコーヒーも、淹れているときはまだ私のもので、それをシェアできることが、すごくよかったんだなって。その後、スターバックス時代の同僚が代表を務めるThe Youthが六本木にCommon(※2)というカフェレストラン・バーを開く際に声をかけてくれて、会社を辞めてバリスタとして働くことに決めました。

※2:「都市の広場」というコンセプトのもと、六本木の街に開かれたカフェレストラン&ミュージックバーラウンジ。

●Commonで働くことの、どこに魅力を感じましたか?
オープニングスタッフということで、まず、お店のカラーやお店のお客さんをイチから作っていけることに、これまでの経験を役立てられそうだと思いました。接客面では自分が先導しようというつもりで。また、カフェマネージャーになる予定のスタッフが、VERVE時代の後輩で、彼のこともとてもリスペクトしていたので、コーヒーのことは彼からぜんぶを学び切ろうと思いました。Commonでは10ヶ月くらい働いて、自分の持てる力で貢献できたと思いますが、でも、私はコーヒーのことをもっと知りたいと思った。マネージャー陣は、自分で焙煎するなどして挑戦を続けているけれど、私にはまだなにか足りない、と感じていたんです。だから、外から情報を入れてCommonとの架け橋になろうと、かねてから憧れていたKOFFEE MAMEYA kakeru(※3)に応募しました。でも同時に、COFFEE COUNTY(※4)がオープンする新店舗に参加しないか、とお声がけいただいて。3つの選択肢で悩んだすえ、Commonを辞めてほかの2店で働くことに決めたんです。

※3:表参道にあるスペシャリティコーヒーのセレクトショップ兼スタンド「KOFFEE MAMEYA」の2店目として、清澄白河にオープン。単にコーヒーを飲むカフェや喫茶店ではなく、コーヒーをコースで体験することができる。

※4:福岡を拠点とするスペシャルティコーヒーのロースタリー。福岡県久留米市と福岡市にカフェ&ロースタリー、福岡市にベーカリー「COFFEE COUNTY stock」を、2023年には東京・池ノ上に「COFFEE COUNTY Tokyo」をオープンした。

●その決断の理由は?
よくも悪くも、Commonの居心地がよかったのがひとつ。バリスタという職業に絞ったにもかかわらず、こんな甘えて楽しんでいていいのかなって。また、いつかゲストバリスタとしてCommonに呼ばれるような存在になってやろうと心に決めたことも理由です。お互い別々の場所で働いていても、刺激し合えるような仲間でいたいって思えた。それを新しい目標にかかげることにしました。


抽出の責任は本当に大きいけれど、ここに届くまでにも、数えきれないひとの労力と知恵と時間によってつながってきて。だからこそ、私が失敗しちゃいけない。最後のバトンを受け取って、それを伝えることに責任と意義を感じている。


●ふたつの店を掛け持ってみて、いまどんなことを感じていますか?
まず、KOFFEE MAMEYA kakeruには、日々、世界中からお客さんがいらっしゃいます。予約制で2時間たっぷりかけてコーヒーをご案内するし、接客のスタイルやお店のつくりも違って、とても緊張感があります。また、豆も世界中のトップロースターから集めてきた特別なものばかり。毎日が勉強です。覚えることなどは苦じゃないのですが、入りたての頃は、自分の接客に幻滅することもありました。ふと、数字を取ろうとしている自分がいたりして。たとえば、いいお値段のものを注文してもらったとしても、お客さんは残して帰っていたりする。それは、そのお客さんが本来楽しめたのは別のコーヒーだったのに、私がちゃんと読み取れていなかったということ。それではコーヒーを作ってくれたひとにも申し訳ないし、そういう場面で、自分の足りなさを痛感しました。

●一方、COFFEE COUNTYについてはどうですか?
これまでと違って、豆を焙煎しているひとの近くで働けることに、なにより面白さを感じています。焙煎の経緯や意味合いについてまで聞ける環境は初めてだし、たとえば、コーヒーの味に納得がいかなかったとき、焙煎由来なのか、抽出由来なのか、そういったディスカッションができるのも面白いですね。

●これまで長きにわたりさまざまな場所で、さまざまな向き合い方でコーヒーに携わってきた藤城さんが、コーヒーに関して一番好きだと思えるポイントは何でしょう?
たくさんのストーリーが詰まっているところです。農家さん、選別するひと、管理するひと、焙煎士、バリスタ……。私のもとに届くまでにも、数えきれないひとの労力と知恵と時間によってつながってきて。だからこそ、私が失敗しちゃいけないとも思っていて。最後のバトンを受け取って、それを伝えることに、責任と意義を感じています。


Profile:藤城 はづき Hazuki Fujishiro

コーヒーで繋がる笑顔と世界に魅了されて、バリスタの道へ。現在は都内2ヶ所でバリスタとして勤務しつつ、「COFFEE Tips」を立ち上げ、フリーのバリスタとして活動を開始。

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Text : Masahiro Kosaka(CORNELL)
Interview : mitsuharu yamamura(BOOKLUCK)
Photo : Masahiro Kosaka(CORNELL)

2024.6.7