石井もも (27)
音大に入ることが目標だったから、それを達成してしまうと、通う意味が見出せなくなった。同時に、いろんな飲食店にご飯を食べに行くようになり、音楽そっちのけで食の世界に興味が傾いた。世の中には、こんなにおいしいものがあるんだって。
CHAPTER
今を生きる若者たちの
生き方と明るい未来の話を
CHAPTERは、EAT、LISTEN、EXPRESS、THINK、MAKEをフィールドに、 意思を持ち活動する20代の若者たちに焦点を当て、一人ひとりのストーリーを深く丁寧に掘り下げることで、 多様な価値観や生き方の発信を目的とするメディアです。
●出身地について教えてください。
東京で生まれて、埼玉で育ちました。
●子どもの頃のことで、とくに印象に残っていることはありますか?
小さい頃から習い事をたくさんしていました。ピアノ、バレエ、バイオリン、水泳……と毎日習い事づめで。あと、幼稚園児のあいだは、ひとり行動が多かったと思います。友達たちが遊んでいるなかにもあまり入っていかず、そばで見ているだけだったり。人見知りで、引っ込み思案なところがありました。
●音楽やスポーツなど幅広く習うなかで、好き嫌いや、合う合わないなどはありましたか?
ピアノは一番長く続きました。最後は音大へ行くことになるのですが、YAMAHA音楽教室に通いはじめたのが3歳のとき。その頃は、先ほども言ったようにまわりともほとんどしゃべらないし、発表会などで人前に出るのも嫌がっていたそうです。お母さんは、「この子は音楽に興味がないんだ」って辞めさせることも考えたらしいのですが、先生が止めてくれて。途中からピアノの個人レッスンもはじめると、そこから楽しく取り組めるようになっていきました。
●どんなところに楽しさを見出せるようになったのでしょう?
練習するうちに、徐々に人前で弾く機会も増えて、そこで褒められたりするとか、コンクールで入賞するとか、そうしたことで自信がついてきたんだと思います。可愛いドレスを着て演奏するのも楽しくて。
合唱部の友達は、いまでも本当に大好きな仲間で。家族よりも会っている時間が長い6年間を過ごしたので、安心できるし、なんでも許し合える、そんな存在が20人いる、みたいな感覚。
●それから、音楽に本格的にのめりこんでいった?
強い合唱部のある私立の中高一貫校に入って、毎日毎日、練習に明け暮れました。
●小さい頃は、友達と一緒よりもひとりで行動することが多かった、ということでしたが、その頃はチームで取り組むことも楽しいと思えるようになっていたのでしょうか?
そうですね。むしろ、合唱部の友達は、いまでも本当に大好きな仲間で。家族よりも会っている時間が長い6年間を過ごしたので、安心できるし、なんでも許し合える、そんな存在が20人いる、みたいな感覚です。
●合唱部全員と仲が良かった? 20人もいるだけに、そのなかで派閥が生まれる、みたいなことはありませんでしたか?
それが、まったくなくて。合わないとか、好き嫌い、みたいなものはなかったですね。そういう意味でも家族みたいというか。「この子はこういう感じだよね」とかって、わりと個性ゆたかなメンバーでしたが、みんながそれぞれの個性を認め合っていた気がします。
●その個性ゆたかさに触れて、石井さん自身も影響を受けましたか?
いま現在も、自由に生きてる子がけっこう多いんです。フリーでモデルをやってるとか、カメラをやってるとか、学校に通い直しはじめたとか。当時からそんな風にみんなが自由な感じだから、私も自由にやってみようかなっていうのはありましたね。
●いわば、ポジティブなかたちの同調圧力ですね。その後の進路は?
高校以降は机に向かって勉強したくなかったので、2年生のとき、音大に入ろうと決めました。ただ、通っていたのは普通の高校だったので、2年間は必死に音楽の勉強をして。それで大学へ入りました。
音大に入ることが目標だったから、それを達成してしまうと、通う意味が見出せなくなった。同時に、いろんな飲食店にご飯を食べに行くようになり、音楽そっちのけで食の世界に興味が傾いた。世の中には、こんなにおいしいものがあるんだって。
●だれかから褒められたりすることで自信につながる以外に、音楽の道を志すようになった理由はありますか?
コンクールのような勝負事というか、そういうのに燃えてるって感じはありました。目標に向かって打ち込むことや、勝ち負けがあることに向き合うのが好きで。
●実際、高校時代にはどんな賞を獲っていましたか?
ショパン国際ピアノコンクールinASIA(※1)やピティナ(※2)など、いろいろな大会やコンクールに出ました。高校3年生のときにピティナに出たときは、一緒にスクールに通っていた子と連弾をして、金賞を獲ることができました。ひとりで弾くのも好きでしたが、連弾も好きでしたね。そのときはピティナのほかに、入賞者記念コンサート、合唱部の定期演奏会、入試……といろいろ重なって、でもどれも手放したくないから全部やる、みたいな。追い詰められるとドライブがかかるタイプなんです(笑)
※1:ショパンの音楽を通じて優れた演奏家を発掘・育成することを目的に毎年開催されている国際ピアノコンクール。
※2:未就学児から大人までの幅広い部門を展開する、国内最大規模のピアノコンクール。毎年のべ45000組以上が参加し、8月の全国決勝大会目指してしのぎを削る。
●大学に入学してからのことについて聞かせてください。
学校がはじまってすぐ、「なんで私、音大に入ったんだろう」って、わからなくなってしまって……。音大に入ることが目標だったので、それを達成してしまうと、通う意味が見出せなくて。同時に、バイトをはじめてから自由にできるお金ができて、いろんな飲食店にご飯を食べに行くようになりました。それで、音楽そっちのけで食の世界に興味が傾いたんです。世の中には、こんなにおいしいものがあるんだって。
●その頃とくに好きだった料理や記憶に残っている店はありますか?
ヴィーガン料理のことも当時初めて知って、すごく面白いなと思って、自分で作ってみるようになったんです。とくに、ヴィーガンスイーツを作るのにハマって。可愛くてポップなヴィーガンドーナツを目指して、いろいろと模索するように。作ったドーナツは、毎月、カフェや公園の場所を借りて、ポップアップ形式で売ったりしていました。
最初は、カフェを間借りしてポップアップをすることがほとんどだった。でも、ずっと待っているスタイルに限界を感じはじめて。もっと自分から外へ出ていけるような商品をと思い、スコーンを作りはじめた。
●興味の矛先こそ変わったものの、のめり込み方は、ピアノをやっていたときと変わらなかったようですね。ひとりで活動していたのですか?
ポップアップイベントは、友人を誘って手伝ってもらったり、アクセサリーを作っている子やイラストを描いている子に出店してもらったりしていました。そこから、また新しい出会いにつながったりして。だから、大学外の友達のほうが圧倒的に多かったですね。
●チームで向き合うことに楽しさを感じていたという意味でも、芯は変わっていなかったわけですね。
そうかもしれません。それで、最初は、カフェを間借りしてポップアップをすることがほとんどだったのですが、ずっと待っているスタイルに、限界を感じはじめて。もっと自分から外へ出ていけるような商品を作りたいと思うようになったんです。それで、スコーンを作りはじめました。
●mooで提供しているスコーンですね。
そうです。それで、外部のイベントなどにも出店するようになって、そうするとまた、そこで出会ったひとたちが別のイベントに呼んでくれるようになったりして。食べ物を自分で作って販売しているような同世代は、当時はいまほど多くなかったので、声もかかりやすかったんだと思いますが。
●だれかとの出会いをたぐりよせる感覚は、もしかすると、中高時代に培った個性ゆたかな友達たちとの時間も影響しているかもしれませんね。
いろんなひとたちと関わって認め合うみたいな土壌は、その頃からあったのかもしれません。それこそmooを立ち上げたときも、ロゴなどのデザイン面はイベントで出会った子に、看板は友人の紹介で仲良くなったひとにお願いしました。
お店づくりには、本当にたくさんのひとが携わっていることを知り、そのぶん、出来上がったときの喜びも大きかった。いまも、一緒に働くスタッフたちとお店を成長させたり、みんなで共有しながらつくっていくのが、なによりの楽しみ。
●mooの立ち上げには、どういった経緯で関わることになったのですか?
以前働いていたカフェの社長さんから、独立してみないかという話をいただいたんです。ここは、1階奥のスペースと2階がオフィスになっていて。1階の手前のスペースをカフェにすることで、カフェとオフィスを同じ空間に併設する新しい形の場を作りたいというお話でした。もともと自分のお店を持つことには興味があったし、そんなチャンスがあるなら絶対やるべきだと思って、即決しました。そして、内装をつくるところから参加することに。
●店をイチからつくりあげてみて、どんな学びがありましたか?
本当にたくさんのひとが携わっていることを知って、そのぶん、出来上がったときの喜びもものすごく大きかったこと。いまも、一緒に働くスタッフのみんなとお店を成長させたり、みんなで共有しながらつくっていくのが、なによりの楽しみです。
●「そこにひとがいる」というようなことを、石井さんは人生を通して心から大切にしてきたようですね。
ひとりだと寂しくなっちゃうし、もしひとりでやっていたとしたら、1ヶ月も続かなかったと思います。私が知らないことを知っている子もいれば、私よりずっと食の勉強をしている子だっていて、だから、自分がこだわるところもあるけど、みんなで自由にアイデアや思いを出し合える環境のほうが、絶対面白いなって感じます。
●最後に、これからの目標について聞かせてください。
2023年12月に法人化したんです。そこから、このお店を会社としてどうしていこうかとか、働いているみんなのことを考えるとか、自分の頭のなかもそういう方向に徐々にシフトしていて。3、4年後には2店舗目をつくりたいとか、お店で出しているスコーンをブランド化して、全国各地に届けられるようにしたいとか、そういうことも考えています。でも、ものすごく大きくしたいというわけでもなくて、あくまで、自分の手の届く範囲で、新しいことに挑戦したいと思っています。
Profile:石井 もも Momo Ishii
大学時代に焼き菓子ブランド『Beppo』をスタートし、ポップアップカフェやイベント出店を行う。
2023年4月に独立し、コーヒーと手作りのフードや焼き菓子をメインとしたカフェ『moo』を神宮前にオープン。
同12月に株式会社POPPINを設立し法人化。
Text : Masahiro Kosaka(CORNELL)
Interview : mitsuharu yamamura(BOOKLUCK)
Photo : Masahiro Kosaka(CORNELL)
2024.9.5