槇 紗加 (25)
猟師として活動しながらNPO団体を運営しているひと、昆虫食レストランをやっているひと、日本酒をつくっているひと、ビールのラベルをつくるデザイナー……。このシェアハウスに集まるだれもが、正社員じゃない生き方をしていて、それに感化された。そんな生き方があること自体知らなかったけど、私にもできるかもと思った。
CHAPTER
今を生きる若者たちの
生き方と明るい未来の話を
CHAPTERは、EAT、LISTEN、EXPRESS、THINK、MAKEをフィールドに、 意思を持ち活動する20代の若者たちに焦点を当て、一人ひとりのストーリーを深く丁寧に掘り下げることで、 多様な価値観や生き方の発信を目的とするメディアです。

●出身地はどちらですか?
神奈川県の相模原市です。
●現在は農園を運営している槇さんですが、幼少期から、自然や食と多く触れ合っていたのでしょうか?
とくにひとより触れているわけではなかったと思います。実家があったのはいわゆる住宅街で、ちょっと行くと山や川がありましたが、駅まで出ると大きな商業施設もあるような場所。父方のおじいちゃんが愛媛で漁師をしているので、帰省すると船に乗せてもらったり、釣りをしたりはしていました。
●子どもの頃、なにに興味関心をもっていましたか?
幼稚園児の頃は、セーラームーンやミニモニ。が好きでした。「ちびうさになりたい」って、当時よく言っていましたね(笑) 小学生の頃も同じような感じで、高学年になると、嵐とかAKB48とか。周りでも流行っていましたし、小さい頃からとにかくミーハーなんです。いまでも、K-POPにハマったり、キャンプが好きだったり、流行りのものは見ておきたいし、芸能人が近くにいるって聞くと見に行きたい(笑)
●学校生活についてはどうでしたか?
小さい頃から、学校の部活や行事ではとにかく目立ちたくて、いろんな役職に就くことが多かったです。たとえば、幼稚園のお遊戯会では絶対に主役をやりたかったし、小学校で入った鼓笛隊では指揮者をやって、運動会なら応援団長、中学時代には生徒会の選挙に出ました。
●そうした役回りになると、そのぶん責任も伴われると思います。そうしたことも嫌じゃなかった?
鼓笛隊のときは結構厳しい環境でしたが、でも平気でした。目立ちたいからにはへこたれない、みたいなプライドもあったかも。中学の頃は吹奏楽部で金管のリーダーをやっていたのですが、そのときも、友達を巻き込んで大会に出たり、部活終わりにスタジオを借りてみんなで練習したり、そうやってみんなで努力して、それが結果につながることが楽しかったですね。

高校時代からは、挑戦するより前に妥協してしまうことのほうが多かった。それがコンプレックスだった。行く先々で楽しく過ごせてはいたが、大きな挫折もなく、中途半端だなと、つねに感じていた。
●高校時代以降も、そんなふうにいつも中心的なことを担っていきましたか?
高校時代からは、そうでもなくて、挑戦するより前に妥協してしまうことのほうが多かったと思います。それがコンプレックスでした。
●というと?
高校受験では本当に行きたい学校よりちょっと下のランクを狙ったり、大学は指定校推薦で絶対に受かる道を選んだり、アンパイをとる癖がついていたというか。就活のときには、「あそこでもっと挑戦しておけばあの大学にも行けて、こんな企業に入れたのかな……」って実感しました。もちろん行く先々で楽しく過ごせてはいたのですが、大きな挫折もなく、中途半端だなって、つねに感じていました。
●人生のおりおりの局面で、妥協してしまっていたと。目指していた職業や業界はあったのですか?
大学生に入る前は、学校の先生になりたかったので、小学校の教職免許を取れるところならどこでもいいと思って進学しました。それまで、よく学校の定期テストなんかで友達を集めて勉強を教えたりしていて、それが楽しかったんですよね。そうして幼稚園と小学校の免許はとったのですが、結局、その道に進むことはありませんでした。
●どうして辞めてしまったのですか?
免許をとったあと、現場へボランティアに行ってみたのですが、そこで働いている先生たちがあまり生き生きと働いていないように感じられて。そのあとは、変わらず教育系の仕事はしたいと思って、就活をはじめて、最終的には保育の人材系の企業に内定をもらいました。ただ、内定者インターンを半年間やるなかで、今度は、そのまま社会に出て働くことについて迷いが出てきてしまって……。
●どういったことが気になっていたのでしょう?
毎日、スーツを着て、同じ時間に満員電車に乗って出社して、パソコンに向かう。そういう働き方が、自分には合ってないと感じたんです。また、当時は新規事業みたいなことにも挑戦したかったのですが、それがすぐにできる環境ではなさそうだったことも理由です。そうして悩んでいたタイミングで、農業の研究をしている友達から誘われて、いろんな農家さんを訪れるようになりました。農家さんたちの話を聞くうち、自分で生産して、加工して、マーケティングまでして、「それってまさに新規事業みたいで、面白そう!」と、農業への興味がぐっと湧いてきたんです。

猟師として活動しながらNPO団体を運営しているひと、昆虫食レストランをやっているひと、日本酒をつくっているひと、ビールのラベルをつくるデザイナー……。このシェアハウスに住んでいるひとも遊びにくるひとも、だれもが正社員じゃない生き方をしていて、それに感化された。そんな生き方があること自体知らなかった。
●それがきっかけになって、農家として働くようになったのですね?
いろいろな農園をまわるなかで、いまの“師匠”に出会ったのが大きなきっかけでした。矢郷農園(※1)の矢郷史郎さんという方で、「このひとのもとで修行したい!」とすぐに思いました。それで、新卒1年目から矢郷農園に入って修行をはじめたんです。
※1:神奈川県小田原市石橋地区を中心に、みかん・レモン・キウイフルーツ・オリーブなどの生産・販売を行っている農園。
●矢郷農園のどんなところに惹かれたのでしょう?
基本的に、農家さんってひとりで黙々と作業するタイプが多い印象があるのですが、矢郷さんは毎日のように畑にだれかを呼んで、ひとを巻き込みながら面白く農業をしていました。そもそも、矢郷さんを紹介してくれたのは、いま暮らしているシェアハウスのオーナーなのですが、農業に踏み切るきっかけでいうと、このシェアハウスの存在もすごく大きかった。昆虫食レストランをやっているひと、日本酒をつくっているひと、猟師として活動しながらNPO団体を運営しているひと、ビールのラベルをつくるデザイナーなど、住んでいるひともここに遊びにくるひとも、だれもが正社員じゃない生き方をしていて、それに感化されました。
●それまでの人生では、持ち前のミーハー心もあって、どちらかというとメジャーや正統な生き方に偏っていたのかもしれませんね。
そんな生き方があること自体知りませんでした。
●でも、自分にもそんな生き方ができると思った?
矢郷農園に入ったばかりの頃は、40代のムキムキのおじさんふたりについていくのにやっとでした。でも、だんだんと慣れてきて、筋肉もついたし、虫も平気になってきて。2年半修行し、それから独立して、いまは矢郷さんに教わったことをぜんぶ自分でやってみているところです。

独立して丸1年経って、徐々に自分らしい動きもできるようになってきた。ひとの笑顔を直接見られるのもうれしい瞬間だから、将来的には、ここに足を運んで体験してもらうことを価値にした観光農園をやりたい。
●まっさらな状態からさまざまなことを教わって、消化しながらも、自分らしく考えたり行動に移したりすることもありましたか?
私は、作物を育てるほうより、それをどう販売していくかみたいなことを考えることに、当時から興味があって。矢郷農園は、それまで市場や飲食店に直接卸すのがメインだったのですが、ECサイトをはじめたり、飲食店とのやりとりに公式LINEを取り入れたり、またホームページをつくったり、そうしたことを私から提案して実行していました。
●独立のタイミングはどのように決めたのでしょう?
小田原市では、そもそも2年間研修しないと自分で農地が借りられないんです。あとは補助金の申請の関係で、プラス半年間働きました。
●一方で、実際的な問題を除いて、心を決めた理由は?
大学時代にやっていたインターンのおかげで、農業以外の仕事もいくらかあって、お金の心配をしなくてよかったこと。シェアハウスに集まるいろんなひとから仕事を振ってもらうこともあります。また、シェアハウスのオーナーがやっている「MOTTAI」というNPOでは、農業マッチングみたいな事業もやっていて、農業を体験したいひとたちの手を借りられるシステムがあった。自分ひとりだけではけっこう辛い部分もあるし寂しいので、それは助けになっていますね。
●ここでの暮らしはどうですか?
いままで自分が想像したこともないくらい面白い生活を送っています。山に入って鹿やイノシシを獲って、解体して食べたり。近所の農園から野菜をいただいたり。本当に自給自足の生活。未知の世界ではありましたが、意外と適応できていると思います。
●最後に、これから目指していることや考えていることについて聞かせてください。
独立して丸1年経って、イベントを開催したりなど、徐々に自分らしい動きもできるようになってきました。ひとの笑顔を直接見られるのもうれしい瞬間なので、将来的には、ここに足を運んで体験してもらうことを価値にした観光農園をやりたいと思っています。
Profile: 槇 紗加 Sayaka Maki
小田原のレモン農家。はれやか農園代表。
Text : Masahiro Kosaka(CORNELL)
Interview : Masahiro Kosaka(CORNELL)
Photo : Masahiro Kosaka(CORNELL)
2025.3.3