CHAPTER vol.51【MAKE】

坂本 り菜 (28)

陶芸家

これからも陶芸を一生続けるって、決めつける必要はないのかなって。その時々の直感に委ねて生きていきたい。それが肩肘を張らない自分らしい生き方だと思っている。

CHAPTER

今を生きる若者たちの
生き方と明るい未来の話を

CHAPTERは、EAT、LISTEN、EXPRESS、THINK、MAKEをフィールドに、 意思を持ち活動する20代の若者たちに焦点を当て、一人ひとりのストーリーを深く丁寧に掘り下げることで、 多様な価値観や生き方の発信を目的とするメディアです。

●出身地はどちらですか?
北海道の小樽市で生まれて、一度は一人暮らしをしましたが、益子に来る直前まで実家で暮らしていました。今は、栃木県茂木町の工房と自宅を行き来しています。

●どんな子どもでしたか?
馴染むのに時間がかかるタイプで、幼稚園の頃は先生にひっついて歩くような内気な子。小学校に上がってからは友達と公園で遊ぶこともあったけど、ひとりで過ごすのも好きでした。共働きの両親だったので、家で折り紙したりテレビを観たり、帰りを待ってましたね。

●当時、興味があったのは?
ドラマを観てたので、役者に憧れてましたね。人前に出るのは得意じゃないけど、「違う人を演じられるのって楽しそう」って、小学生の頃から20代までなりたいと思ってました。

●幼少期から、何かを「つくる」ことは身近でしたか?
手を動かすのは好きだったんですけど、テレビの影響でダンスにも興味がありました。アイドルを小さい頃から見ていて、そういう憧れは多分。


役者になりたいって明確に思えなくて、やりたいことが定まらなかった。中学生は部活が生きがいで没頭できたけれど、高校で穴がぽっかり空いた。


●高校時代について教えてください。
中学はバスケ部だったんですけど、高校は札幌まで時間かけて通ってたので、部活はやらず。他に打ち込めそうなこともなかったし、学校生活に対して気持ちが上がらなかったんです。

●気持ちが上がらなかった?
役者に憧れたのもあって、「通信の学校に行きながらバイトして、好きなことしたいな。」と思ってました。昔から思い込むとそれしか見えなくなるタイプで、母親に伝えたら当然「ちゃんと高校に通いなさい」と。結局、1年だけ行って辞めちゃったんです。

●りなさんの人生にとって大きな転換期ですね。辞めると決めたとき心境は?
役者になりたいって明確に思えなくて、やりたいことが定まらなかったんです。中学生は部活が生きがいで没頭できたんですけど、高校で穴がぽっかり空いちゃって。そうなると気持ちがついていかず、最終的に摂食障害で体力的にもついていかなくなってしまいました。

●精神的にも追い込まれていたと。摂食障害はいつからでしょうか。
バスケ部を引退して、「周りと比べて太ってるかも」って友達とダイエットを始めたのがきっかけです。それがエスカレートしてしまいました。しかもその後に高校を辞めたので、結構きつかった17歳でしたね。


出来上がった食事より、つくるための道具の方に興味があった。調理器具とかお皿とか。自分の手に直接触れたり、つくった料理がより良く映るためのモノに惹かれていた気がする。


●その期間は、どういう過ごし方をしていましたか?
バイトを転々としてました。でも、どこも長くは続かず。唯一やっていたのは料理。食べられなかった自分のために料理を始めたんですけど、そこから体調が戻って、19歳でダンスを始められるまでに。

●今の陶芸の道につながりそうな気がします。振り返ってみて、どうですか?
出来上がった食事より、つくるための道具の方に興味がありました。調理器具とかお皿とか。自分の手に直接触れたり、つくった料理がより良く映るためのモノに惹かれていた気がします。料理は自分のため。モノはその人ごとに使い方が委ねられるので、あまり比べる必要がないんですよね。それは今も変わっていない感覚かもしれません。

●そのなかで、なぜ陶芸という発想が浮かんだのでしょうか?
20歳を過ぎて将来を考えたときに、自分が無理せず長く続けられることを選びたくて。これまでの体験を振り返ったとき、一度だけした陶芸の思い出が、瞬間的に出てきたんです。ほぼ直感ですが、自分の興味と性格が合ってそうと思いました。


中園さんは知識もない私に対しても対等に接してくれた。自由な人なので私も素直にいられた。この人の近くで学んでみたいという思いが、私の「人と関わりたい」という気持ちを、こじ開けて引っ張り出してくれた。


●陶芸を志してから、師匠との出会いについて教えてください。
師匠のことは図書館の雑誌で見つけました。その後、自分でリサーチをして、メールを送って会うことに。中園(晋作)さんの作品は、薄くて淡い色味のグラデーションが特徴なんです。その柔らかい色味の作品を見て、「私もこんな器をつくりたい」と直感で思いました。

実際に中園さんに出会ったときの印象はどうでしたか?
作品で感じたそのままでした。言葉少なですが、聞いたら答えてくれて、とても柔らかい人柄です。それまでは他人とうまくコミュニケーションを取ってこなかったのですが、中園さんは知識もない私に対しても対等に接してくれて。自由な人なので、私も素直にいられました。この人の近くで学んでみたいという思いが、私の「人と関わりたい」という気持ちを、こじ開けて引っ張り出してくれたんだと感じています。

●それまでの自分を見つめ直すきっかけになったんですね。
すごく楽になれました。それまでは人のせいにしてきてた気がするんです。益子に来てから、今の選択は全部自分の責任だって伝えてくれた人もいて。あんなに苦しかったのも自分のせいって認められるようになり、腑に落ちた感覚。 


これからも陶芸を一生続けるって、決めつける必要はないのかなって。その時々の直感に委ねて生きていきたい。それが肩肘を張らない自分らしい生き方だと思っている。


●自分の作品が人に使われているのを見て、どう感じましたか?
『Common』でお皿が使われているのを初めて見たとき、器に対する視点が増えた感覚がありました。料理と一体になって、完成されている器を見て、直感的に「嬉しい」と思えたんです。それまで他人と比較してばかりだったので、陶芸の道を選んで良かったと自信を持てました。

●現在は作家として活動して、お店から受注される場面も多いと思います。作品としての理想のあり方と現実との間に葛藤はありますか?
正直に言えば、そこには今も明確なズレがあります。私は「つくること」には関心があるけど、「見せ方」にはそれほど執着していないんです。ただ、自分の手を離れた器がどう使われるのか、その先にはすごく興味がある。だから、反応をもらえたりすると届いてる実感が湧きますね。

●葛藤さえも、客観視できているんですね。
「あ、今の私は飽きているな」とか「こういう時期なのかもな」みたいに、冷静に分析できる。もともとのめり込みすぎるタイプですが、今は飽きたら違うものをつくればいいって自分を許せるようになった。感情に振り回されすぎない、心の健やかさを手に入れた気がします。

●これからはどういう展開になっていきますか?
これからも陶芸を一生続けるって、決めつける必要はないのかなって。「そんな決めなくてもいいよね」と言ってくれた中園さんの軽やかさを借りて、その時々の直感に委ねて生きていきたい。色々あったけど、それが肩肘を張らない自分らしい生き方だと思っています。


Profile:坂本 り菜 Rina Sakamoto

【プロフ

北海道小樽市出身。
2021年 中園晋作氏の作品を見て陶芸に興味を持ち、翌年栃木県益子町へ移住。
中園氏のもとで学びながら
「palette pottery」の制作にも参加。
現在は、栃木県茂木町にて個人で活動中。

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Text : Sunny
Interview : sayaka hori
Photo : Masahiro Kosaka(CORNELL)

2026.1.22