中谷ゆずは (23)
いちばんは空間が好き。床がタイル模様で、窓はステンドグラス。ガラスの棚には、ヨーロッパ旅行のときに買ってきたらしい置物が並んでいて。カウンターがあって、くるっと回る椅子がある。異空間で、リラックスできる。「残したい」って思った。
CHAPTER
今を生きる若者たちの
生き方と明るい未来の話を
CHAPTERは、EAT、LISTEN、EXPRESS、THINK、MAKEをフィールドに、 意思を持ち活動する20代の若者たちに焦点を当て、一人ひとりのストーリーを深く丁寧に掘り下げることで、 多様な価値観や生き方の発信を目的とするメディアです。

●出身地はどちらですか? どんなことが印象に残っていますか?
大阪府出身です。地元は、いま働いているカフェ・cafe 634のある洗足池にすごく似ていて、商店街のある住宅街。治安のいい感じのところでした。家から歩いて1分くらいのところには昔ながらのリーズナブルなケーキ屋さんがあって、そこのカスタードがすごくおいしかった。いまでも、お店に行くと店主のおじちゃんがケーキを余分に持たせてくれたりします。
●中谷さんはどんな子どもでしたか?
まわりのみんなが知ってるくらい、泣き虫でした。転けちゃったときとか、勝負ごとで負けたときとか、いつも泣いていて、みんなに面倒を見てもらっている感じ。「末っ子気質」って、いまでもよく言われます。
●子どもの頃夢中だったことはありますか?
小学校の頃、習いごとをわりとたくさんしていました。卓球、キックベース、バスケ、水泳、ピアノ。なかでも長く続けたのは、卓球とキックベース。卓球は、小5から高校終わりまで、部活をはじめてからも習いごとの方も継続して。
●どんなことが楽しかった?
運動神経は悪くない方だったんです。中学生のときなんかは、部活のなかで一番強かったりもして。あと、負けず嫌いだから、続けられた気がします。大会で負けるたびに泣いてましたけど(笑) ただ途中からは、個人戦は向いてないなって思うようになって、最後のほうは義務感で続けていた部分もあります。
●一方で、キックベースはチームスポーツですよね。そちらのほうが楽しかった?
少なくとも、負けたときには分散される感じがしました。みんなで負けるから、怖くないというか。

いちばんは空間が好き。床がタイル模様で、窓はステンドグラス。ガラスの棚には、ヨーロッパ旅行のときに買ってきたらしい置物が並んでいて。カウンターがあって、くるっと回る椅子がある。異空間で、リラックスできる。「残したい」って思った。
●卓球に義務感を覚えるようになって以降は、ほかに打ち込めることを見つけましたか?
高校時代から、喫茶店を巡るようになりました。昔ながらのレトロな空間が好きで。
●スポーツとはいわば対極にあるような気がします。きっかけは?
そもそも、私のおじいちゃんとおばあちゃんが、私が生まれるずっと前から大阪で喫茶店をやっていたんです。ちゃんとお店に入ったことがなかったけど、高校の頃、初めて営業中にひとりで行って。それで興味が湧いて、ほかの喫茶店にも行くようになりました。
●どんなところに惹かれたのでしょうか?
いちばんは空間です。床がタイル敷きで、窓はステンドグラス。ガラスの棚には、ヨーロッパ旅行のときに買ってきたらしい置物が並んでいて。カウンターがあって、くるっと回る椅子がある。異空間で、リラックスできる。「残したい」って思ったんです。
●中谷さんの手で、「残したい」と思った?
はい、おじいちゃんとおばあちゃんがやっていたその喫茶店で、自分がつくったケーキを出せたらいいなって思うようになりました。というのも、高校を出てからは製菓の専門学校に通っていたんです。洋菓子を学んで、それからパティシエになって。

634に入ってからは、つくることよりもお客さんの喜んでくれるのを見るほうがうれしいと感じるようになった。
●パティシエとして、どんなところで働いていましたか?
自由が丘のパティスリーで働いていました。小さなお店で、パティシエも、シェフと合わせて3人いるかいないかくらいのところ。大きなお店だったら、最初は製造に入れないようなところも多いですが、そこでは早い段階で、シェフから直接製菓の技術や知識を教わることができました。結局、環境が合わなくて辞めてしまったんですけど、かなりたくさんのことを学ぶことができました。
●それからは?
洗足池のcafe 634で働くことになりました。その頃はもうおじいちゃんおばあちゃんの喫茶店でケーキを出したいと思っていたのですが、コーヒーや接客についてはまったくわからなかったので、そこで経験を積もうと思って。
●経験を積みながら、変化してきたことはありますか?
パティスリーで働いていたときは、製造場所と販売場所がはっきり分かれていたので、お客さんの顔を見ることはほとんどありませんでした。私はつくることが好きだったのでそれで何の問題もなかったし、むしろ接客は苦手な方でしたが、634に入ってからは、つくることよりもお客さんの喜んでくれるのを見るほうがうれしいと感じるようになったんです。
●いまは、cafe 634を間借りして、月に一度中谷さん自身のお店をポップアップ営業していますね。
おじいちゃんとおばあちゃんがやっていた喫茶店の名前からとって、paromaという屋号でお菓子と珈琲を提供しています。paromaはまだまだ手探りの状態で、挑戦できる場としてやっているので、自分がつくりたいお菓子、あったら嬉しいと思うお菓子をつくるようにしています。

paromaは、サービスもお菓子もぜんぶ自分でやるから、お客さんからのうれしい反応も、ぜんぶ自分へのご褒美になる。
●とくにつくりたいと思うお菓子は、どんなものですか?
あまり華やかすぎるものは好きじゃなくて、だから、伝統菓子をつくるのが楽しいです。通っていた専門学校でわりとそういうお菓子をよくつくっていたので、その影響もあって。伝統菓子を、ちょっと自分好みに寄せてアレンジするのも好きですね。
●自分好み、というと?
たとえば最初の頃につくったババ・オ・ラムなら、あまりお酒が強すぎると自分が食べられないので、ラム酒は控えめに、旬の柑橘がベースのシロップを染み込ませたり、大好きなカスタードを中に詰めたり。あとは、634の店長にもけっこうアドバイスをもらっています。シンプルでおいしいものをつくりたいと言いつつ、ブレてそうになることも多いので、指針を持っておいたほうがいいって言われたことがあって。それで、「見た目よりも味」「ちょっとしたご褒美くらいのもの」というのは意識しています。
●「ご褒美」ではなく「ちょっとしたご褒美」くらいがいいのですね。
634みたいに日常的に使えるお店がいいなって思っていて。「1週間仕事頑張った」とか、「家の片付けが終わった」とか、そういうちょっとしたときに来られるような。そういうお店をつくりたいんです。値段もできるだけ高くないようにしたい。そしていまは、お客さんが喜んでくれる姿を見ることが、自分のご褒美にもなっています。paromaは、サービスもお菓子もぜんぶ自分でやるから、お客さんからのうれしい反応も、ぜんぶ自分へのご褒美になるんです。
●634でチームの一員として働くのもいいけれど、paromaで個人でやることにも、また違った喜びを見出せているのですね。
paromaの営業中は、温かく見守ってくれるお客さんや、応援してくれるお客さんも多くて、すごく助けられています。あたふたしてしまうことも多いし、迷惑をかけてしまう瞬間もあって、相変わらず末っ子気質を発揮しちゃうことも……。ただ、そういう温かさには感謝しつつ、でも甘えたりはしないように。そうやって、できるだけぜんぶ自分でやりたいと思っています。
Profile:中谷 ゆずは Yuzuha Nakatani
専門学校卒業後、パティスリーに就職。
現在はcafe 634で働きながら、「paroma」の屋号で月1回の間借り営業を行う。
美味しいおやつと珈琲、そこで過ごす時間が、日々のほんのちょっとしたご褒美になるような素敵お店を作りたい。
Interview : sayaka hori
Text / Photo : Masahiro Kosaka(CORNELL)
2026.2.1