今泉 陸 (26)
どんな風に笑顔をつくるかは、みんな別々の合う方法があって。でもやっぱり、まずは自分が笑顔になっちゃう。そういう姿を見せると、自然とこっちの領域に入ってきてくれる。みんなついてきてくれる。
CHAPTER
今を生きる若者たちの
生き方と明るい未来の話を
CHAPTERは、EAT、LISTEN、EXPRESS、THINK、MAKEをフィールドに、 意思を持ち活動する20代の若者たちに焦点を当て、一人ひとりのストーリーを深く丁寧に掘り下げることで、 多様な価値観や生き方の発信を目的とするメディアです。

●出身地はどちらですか? どんな環境で育ちましたか?
福島県郡山市です。実家はいわゆるな住宅街にあって、一階が美容室になっています。おばあちゃんと両親が、みんな美容師なんです。自分も、長男なので、いつか美容師になるんだろうと小さい頃から思っていました。
●どんな子どもでしたか?
まわりの様子を俯瞰して見ているタイプでした。人間観察も好きで。バランス型というか。
●具体的には、どんなことが記憶に残っていますか?
たとえば、下の兄弟ふたりのことをいつも見ていました。喧嘩しそうだなってときに、あいだに入るとか。いつも中立の立場で。あとは、小さい頃からずっと笑顔を大事にしています。写真とか、笑ってるものしかなくて。おじいちゃんおばあちゃんからも、「陸くんはいつも笑顔だね、ありがとう」って、ずっと言われてきました。

お父さんは寡黙で、見守る感じのタイプ。でも仕事ではお客さんと楽しく話したりして、カッコいいなと思っていた。お母さんはすごく喋るひと。いつも輪の中心で、誇らしかった。
●小さい頃から、笑顔でいることを意識していた?
自然体でいつも笑ってるんです。無意識に微笑んじゃうっていうか。まわりのひとからも、よく言われますね。
●処世術としてではなく、自分のなかに内面化したものがあると。そのことで、よかったと感じることはありますか?
下の兄弟たちは、ふだんあまり喋らないんです。でも、自分がいると家族全員が喋りやすいみたいで。お母さんからも、僕が地元に帰って食卓をみんなで囲むと、すごく楽しいって言われたりします。
●ご両親はどんなひとですか?
お父さんは寡黙で、優しさはあるんですけど、見守る感じのタイプ。でも仕事ではお客さんと楽しく話したりして、カッコいいなと思っていました。お母さんはすごく喋るひと。小さい頃はママ会とかに一緒に行ってたんですけど、輪の中心で、いちばん喋って、お酒も飲んで、笑っていて。誇らしかったですね。
●今泉さんの性格は、どちらかというとお母さんに近そうですね。目指す姿でもあったのでしょうか?
そうですね、お母さんから学んだことは多いと思います。

「試合中に笑ってた」なんて言われることもあった。勝ちたいという気持ちもあるし、真面目にはやるが、高揚すると笑顔になってしまう。
●いつも笑顔でいることがおよぼした影響は、学校生活など、家の外でも感じましたか?
みんなに信頼してもらったり、相談されたりすることが多かったですね。部活や委員会で長になることも多かったし、小学校4年から高校生までやっていたバスケでは、中高ともに副部長でした。部長がみんなと接しているところを見るのが好きでしたね。あいだを取るのが、自分はやっぱり得意なのかもって。
●上下関係みたいなもののなかでも、今泉さんの性格が役立っていたと。
高校の部活ではまさに上下関係が厳しかったのですが、自分がその場にいると、みんな和気あいあいと話せることが多かった気がします。そうした関係を崩すのも得意だったと思う。
●スポーツというだけに、和んだり、笑顔でいたりだけでは済まない場面もありますよね。ハングリー精神など、そうした面はどうでしたか?
試合に出たい一心で、練習外の時間もいちばん使っていたと思います。ただ、「試合中に笑ってた」なんて言われることもあって。プレイしているときも、楽しい感情が顔に出ていたみたいです。勝ちたいという気持ちもあるし、真面目にはやるのですが、高揚すると笑顔になってしまうんですよね。

仙台で暮らしはじめた18歳の頃から、飲食バイトを続けてきた。最初は、両親の影響だった。
●高校を卒業してからの進路は?
取りたかった資格があって、でも東京と仙台にそれぞれ1校しか、それを取れる学校がなかった。それで仙台の専門学校へ。測量士という資格なんですけど。
●測量士になろうとは、どうして?
バスケ以外に没頭できたのが、唯一、測量の実習だったんです。それを仕事にしたいと思った。
●どんなところに夢中になった?
測量する時、機械を覗くこと。なにもない土地に、これから建物ができていくんだって想像するんです。そうした現場に最初に入れるのも測量士なので、そういうワクワクを感じていました。小さい頃はレゴが大好きで、中学くらいまではレゴやプラモデルをつくるのにハマっていました。建物とか、より大きなものを想像したくなったのかもしれません。
●そうした想像力を働かせるのが好きだったのですね。そこから一転、いま飲食店であるEchoesで働いていますが、どういう経緯で?
仙台で暮らしはじめた18歳の頃から、飲食バイトを続けてきました。最初は、両親の影響で牛角で働きはじめて。
●ご両親の影響というと?
家族で外食をするとき、焼肉屋さんに行くことが多くて、実家の近所の牛角がとくにお気に入りだったんです。そこは接客がすごく気持ちよくて、プラスαの提案やアクションをしてくれたり、寄り添ってくれたり、そういう感じ。お父さんお母さんもそこの接客を求めて通っていました。ふたりがいいと思うブランドに入って働いてみたいと思ったんです。
●サービスの力を知り、そこで自分の素質を活かしてみたいと思った。
そうです。あいにく自分が働いた仙台のお店は、地元のその店ほど接客に力が入っていたわけではありませんが、自分は一貫して、お客さんにひとつでも多くの笑顔をつくろうとしていました。

常に声を出して、まわりを活気づけること。絶対に自分からアクションを起こして、どれだけ気持ちをハッピーに変えられるか。そうするためには自分がいちばん笑っていないといけないけれど、それはでも、武器なので。
●そうして飲食の世界に入り、その後は?
専門学校卒業後にサラリーマンを3年して、そしてまた牛角に戻り、同時にアパレルでも働きはじめました。学生時代から洋服が好きで、当時からよくしてくれていたお店があったんです。そこで頑張ってみたいと思った。その後、Echoesも掛け持つことになって。全部接客のバイトでしたね(笑)
●Echoesを選んだのはどうしてですか?
それまでもお客として通っていて、やっぱり、気持ちのいい接客に惹かれました。ほかのお店より接客はワンランク上だと感じていた。空間もいいですが、なによりひとがめちゃくちゃいいお店だなって。それで応募したんです。
●接客の仕事をするうえで心掛けてきたことはありますか?
常に声を出して、まわりを活気づけること。たとえ忙しくてみんな顔が死んでても、絶対に自分からアクションを起こして、どれだけ気持ちをハッピーに変えられるか。そうするためには自分がいちばん笑っていないといけないけれど、それはでも、武器なので。
●お客さんのなかには、きっと、関わりづらいひとや気難しいひとなどもいると思います。そうしたひとにも笑顔で? 秘訣はありますか?
ひたすら観察して、寄り添えるところを探します。たとえば支払いのときにスマホにステッカーが貼ってあれば、「それ、好きなんですね!」って話しかけるとか。自分の領域に引っ張ってくる努力は、つねにしていますね。ただ、それでもシャッターを開けられなかったら、無理に引き出そうとしない。自然に出る笑顔が、やっぱり気持ちいいので。そういう意味ではまだまだ課題もあります。でも、せめて「Echoesに来てよかった」っていう気持ちで帰ってほしいと思っています。

どんな風に笑顔をつくるかは、みんな別々の合う方法があって。でもやっぱり、まずは自分が笑顔になっちゃう。そういう姿を見せると、自然とこっちの領域に入ってきてくれる。みんなついてきてくれる。
●いまはEchoes一本で、マネージャーを務めていますね。それまでと意識は変わりましたか?
いちばん大きく変わったのは、責任感の大きさ。でも、働くスタイルはまったく変わらず、それまで通りです。
●新しく入ってくるスタッフを教育する立場だったりもしますよね。そこについてはどうですか?
楽しいですね。いろんなひとが入ってきますが、それぞれに合った教え方を考えたり、それを実践したり。それこそどんな風に笑顔をつくるかは、みんな別々の合う方法があって。でもやっぱり、まずは自分が笑顔になっちゃいますね。そういう姿を見せると、自然とこっちの領域に入ってきてくれます。みんなついてきてくれる。
●笑顔で接すると、笑顔が返ってくる。今泉さんがいちばん満たされる瞬間は?
お客さんが店を出るとき、自分を見て、笑顔で挨拶してくれたとき。これまでしてきたことは間違いじゃなかったんだ、って思えます。
●“接客の笑顔”と“心からの笑顔”は違うと思いますか?
違いはないですね、どちらも一個の笑顔なので。何度も繰り返しになりますが、やっぱり、笑顔がいちばんです。自分の人生のなかの喜怒哀楽でなにが多かったかっていうと、なにより笑っている時間で。とにかくそこには自信があります。
Profile:今泉 陸 Riku Imaizumi
1999年生まれ。福島県出身。
高校卒業後、仙台の専門学校に通いながら飲食業界へ。
卒業後、アパレルや飲食を続けながら持ち前の明るさと接客力を活かし、2025年4月よりEchoesマネージャーへ就任し、日々わくわくを追求している。
Interview : mitsuharu yamamura
Text / Photo : Masahiro Kosaka(CORNELL)
2026.7.10